東芝の株主総会を巡る問題についての考察
1.はじめに
株式会社東芝(以下、「東芝」といいます)が2021年6月25日に開いた第182期定時株主総会(以下、「本件総会」といいます)で、取締役会議長を務めた社外取締役の永山治氏ら2人の再任が否決されました。
本件総会に先立つ6月10日、東芝は、2020年7月開催の第181期定時株主総会(以下、「2020年総会」といいます)が公正に運営されたか否かに関し、筆頭株主のエフィッシモ・キャピタル・マネジメント(以下、「エフィッシモ」といいます)が会社法316条に基づき選んだ3人の外部弁護士(補助者を含めれば合計15人の外部弁護士)の調査報告書(以下、「本件報告書」といます)を公表しました。本件報告書では、2020年総会では、東芝と経済産業省が一体となり株主の議決権行使を妨げるような行為があったと指摘されています。
東芝は、本件報告書を受けて、本件総会の前に別の社外取締役ら2人を「株主から信任を得ることは難しい」として取締役候補から取り下げています。そのため、本件総会においては、取締役会議長を務めた永山氏を含め合計4人の社外取締役が再任されない結果となりました。これは、社外取締役としての監督が不十分だったと株主に判断された結果とも言えます。
会社側提案の役員が選任されなかったのは、日本を代表する大手企業ではほとんど例がありません。一体、なぜ日本を代表する企業である東芝でこのようなことが起きたのか。その背景には、コーポレート・ガバナンスに関わる根本的な問題があります。
私は、本件調査報告書の公表前から、東芝と経済産業省の関係について国会で質疑するなど追及をしていました。そこで今回は、本件報告書で指摘された問題点と今後の企業統治の在り方について私の考えを書いてみます。
なお、本ブログ記事における私の考えは、執筆時点で明らかとなっている事実関係を基にしています。
2.報告書の概要―経産省の関与疑惑、国会答弁との矛盾―
(1)経産省は関与疑惑を国会で否定
エフィッシモは、いわゆる「物言う株主」として、2020年総会において、社外取締役の選任などの株主提案を提出しました。その際、その可決阻止のために東芝と経済産業省が共闘をしていたとの疑惑が浮上しました。
具体的には、経済産業省参与の水野弘道氏(当時)が、東芝の議決権の4%超を保有する大株主である米ハーバード大学基金運用ファンド(以下「HMC」といいます)に対して、2020年総会において東芝の意にそぐわない形で議決権を行使した場合、外為法に基づく調査の対象になる可能性があると干渉していたことが報じられました。その後、水野氏の干渉を考慮してか、HMCは議決権行使を断念しています。
水野氏の干渉は、東芝と経済産業省の意を受けたものと思われるところ、私は本件報告書に先立つ2021年5月12日の衆議院経済産業委員会において、HMCの議決権行使に関する経済産業省の関与の有無について質問しました。
これに対し、経済産業省は、「経済産業省から水野元参与に対して、報道にあるような個別投資家の議決権行使に対する働きかけを依頼したことはございません」と明確に否定する答弁(以下、「本件答弁」といいます)をしました[1]。
(2)本件報告書の記載内容と本件答弁の矛盾
しかしながら、本件答弁の後に出された本件報告書の内容は驚くべきものでした。
本件報告書は、デジタル・フォレンジック調査で得られた経済産業省と水野氏とのメール等のやり取りを基に、
- 東芝が、経済産業省を通じて、HMCに議決権を行使しないよう水野氏に事実上交渉を依頼した
- それをうけ、水野氏がHMCと接触し、結果としてHMCは議決権を行使しなかった
と、本件答弁とは真逆の事実を認定したのです。
本件報告書は結論として、東芝が経済産業省といわば一体となって経産省参与の地位にある水野氏[2]に対してHMCと交渉を行うことを事実上依頼したとし、このことは、不当な影響により株主の権利行使を事実上妨げることを画策したものといえ、コーポレート・ガバナンス・コードの規定なども考慮すれば、2020年総会は公正に運営されたものとはいえないと厳しく断じています[3]。
3.政府の対応の問題点
(1)外為法の恣意的運用
本件報告書においては、東芝と経済産業省とのやり取りは「少なくとも改正外為法の趣旨を逸脱する目的で不当に株主提案権の行使を制約しようとするものであった」[4]とも指摘されています。
例えば本件報告書は、当時の経済産業省商務情報政策局情報産業課課長が、「エフィッシモから入手した協働エンゲージメントを求めるレターに関する情報を東芝に漏洩した上で、・・・・規制当局である安全保障貿易管理政策課をしてエフィッシモ宛て報告徴求命令の発令に誘導した」と認定しました。
その上で、このような「一連の行為は、エフィッシモを排除すべきアクティビストであると決めつけることから出発して、改正外為法上の当局の権限を発動させ、あるいは、かかる権限を背景とした働きかけによって、エフィッシモの株主提案に対処しようとしていたものと評価できる」[5]としています。
さらに本件報告書は、こうしたアクティビスト対応の状況は当時官房長官だった菅義偉首相にも報告されていたとも推認しています[6]。
もちろん東芝は原子力や防衛装備などコア業種に係る事業を手掛けており、経済安全保障の観点から経産省と東芝との間で情報交換は必要です。しかし、必要以上に経営陣に肩入れし、「物言う株主」の口を塞ぐべく外為法上の許認可権を濫用することはあってはなりません。本来公正中立であるべき行政がこのような干渉を行うことは、外国人投資家による我が国の資本市場への信認を失わせるものであり、日本経済の将来にとって決して良いものではありません。
梶山経済産業大臣は、国会で、「株主総会での議決権行使というのは、本当に、コーポレートガバナンスの基礎となるものであります」[7]、「株主は株式会社の構成員としての地位を有するものであり、株主により会社の業務の執行を行う取締役が選任されることから、株主の地位は大変重要なものであると思っております。・・・株主と会社の経営陣がしっかりと対話を行いながら中長期的な企業価値の向上を実現していくことが重要であると考えております」[8]と、株主権を尊重し、株主と経営陣との対話の重要性を強調する答弁をしています。
本件報告書が認定した経済産業省の上記行為は、梶山大臣の上記答弁にも反するものであり、コーポレート・ガバナンス・コードが「上場会社は、株主の権利の重要性を踏まえ、その権利行使を事実上妨げることのないように配慮すべきである」と定めていることにも反することは明らかです。
(2)本件報告書公表後の政府の対応
6月10日に出された本件報告書を受け、私は、その翌11日に政府の見解を問う質問主意書を提出し、同月25日、政府からの答弁書を受領しました。
その質問と回答の概要は以下のとおりです。
東芝の第一八一期定時株主総会に関する調査報告書及び国会質疑における経産省答弁に関する質問主意書(提出者:衆議院議員松平浩一)
問:
本件答弁の後に出された本件報告書では、経済産業省から水野元参与に対して働きかけを行った事実等が認定されており、本件答弁は事実に反するかまたはその可能性が非常に高いが、本件答弁を維持するか、修正するか。
答:
国会において、「経済産業省から水野元参与に対して、報道にあるような個別投資家の議決権行使に対する働きかけを依頼したことはございません」と述べたとおり。(※本件答弁を維持するとの回答)
問:
本件報告書(および報告書公表時の調査者の記者会見)において、
- 改正外為法の趣旨を逸脱し不当に株主提案権の行使を制約しようとするものであるとの指摘
- 国家公務員法上の守秘義務違反等の法令違反の疑いが随所にあるとの指摘
- 東芝の当時の社長や担当者が同社株主総会の対処方針を菅官房長官(当時)に朝食会で説明したとの指摘
があるが、本件報告書の指摘に対しての政府の見解はどうか。
また、本件報告書の事実関係が政府の認識する事実と異なるのであれば、政府には説明をすべき責任があると考えるが政府の見解はどうか。
答:
本件報告書は根拠や説明が不十分であり、まずは東芝において対応すべきものであるから、本件報告書の記載内容については答えを控える。(※回答拒否)
以上のとおり、政府は、本件報告書と矛盾すると思われる本件答弁の修正は不要であるとしつつ、本件報告書で指摘されている疑惑や批判についても、根拠や説明が不十分であること等を理由に回答を拒否しています。
しかしながら、本件報告書の作成過程では、デジタル・フォレンジック調査により、メール、ワード、PDF等のファイル約78万件を調査しています。このように膨大な資料を、2ヶ月もの期間をかけて、15人の弁護士と調査会社が丹念に調べた上で作成された本件報告書について、自ら調査も行わずに根拠や説明が不十分であると断ずる政府の姿勢は果たして説得力があるものでしょうか。
私は、政府は本件報告書を正面から受け止め、自らに向けられた疑惑や批判に対して真摯に向き合うべきだと考えます。
4.コーポレート・ガバナンス改革への示唆
本件総会で最初に質問に立った株主は、不信任の理由を次のように指摘しました。
「今回の事態は2015年の会計問題と同じ香りがする。会計問題の延長で米原子力事業の巨額損失が生まれた。東芝の経営陣や社員が持つ『独りよがりの価値観』を修正できず6年もたつ。永山議長は、東芝が抱える問題を修正し指導できるのか」
これは、過去の東芝の不正会計、米原発事業の巨額損失、今回の株主への圧力行為といった多くの問題の根本には、東芝経営陣の独りよがりの誤った考えがあるという問題意識と思われます。
そして、その誤った考えを修正すべき立場である社外取締役がその機能を果たさなかったと東芝株主が考えたことが、本件総会で社外取締役の2人の再任が否決された一番の理由であると思います。
本件報告書が公表された翌日、3年ぶり2回目となる東証のコーポレート・ガバナンス・コード改訂が公表されました。奇しくも改訂項目の一番最初に大きく掲げられているのは「取締役会の機能発揮」という項目です。今回の改定により、プライム市場上場企業において、独立社外取締役を3分の1以上選任することなどが求められることになります。
しかし、2020年総会当時の東芝は、取締役11名中10人が社外取締役という体制でした。単純に社外取締役の数と比率だけをコーポレート・ガバナンス・コードに照らしてみれば、東芝はガバナンス優良企業と評価されるべき存在だったのです。
その東芝において、本件報告書で指摘されている株主の議決権行使を妨げるような行為が行われていたという事実は、改訂を追えたばかりのコーポレート・ガバナンス・コードにも、さらなる検討の必要性を示唆するものと思われます。
当たり前のことですが、社外取締役の数や比率だけ高めても、それだけでガバナンスが改善するわけではありません。コーポレート・ガバナンス・コードを形式的に満たすことが重要なのではなく、個々の企業の実情に応じ、社外取締役が十分その機能を発揮できるようにすることが重要です。東芝の株主総会を巡る問題は、コーポレート・ガバナンス・コードの盲信に対して、大きな警鐘を鳴らしていると私は考えています。
5.おわりに
東芝は本件総会を経て新たな役員体制となりました。東芝の新しい監査委員会は、2020年総会について再調査を行うこととしており、その調査報告が待たれます。新たに発足した監査委員会による調査は、東芝株主の信頼だけではなく、日本企業のガバナンス全体の信頼にとっても責任は重いものとなるでしょう。
一方、政府は本件報告書での指摘事項について「まずは東芝において対応すべきもの」との逃げの姿勢に終始していますが、自らの問題として独自に徹底した調査を行うなり説明責任を果たすべきです。この問題が、日本のコーポレート・ガバナンス、外資規制、さらには証券取引市場に対する信認を傷つける事態にまで発展しているのは、経済産業省による不適切な関与があったからに他なりません。
今回の東芝の株主総会を巡る問題は、政官業の全てのステークホルダーに対し、多くの反省と真摯な努力を要求しています。私も今後この問題についてさらに考えを深め、よりよい日本の企業統治文化の醸成に向けて取り組んでいきたいと考えています。
[1] 令和3年5月12日衆議院経済産業委員会における松平浩一衆議院議員に対する平井政府参考人答弁
[2] 本件報告書ではM氏とされている
[3] 本件報告書117頁
[4] 本件報告書120頁
[5] 本件報告書104頁
[6] 本件報告書61,86頁
[7] 令和3年5月19日衆議院経済産業委員会における松平浩一衆議院議員に対する梶山弘志経済産業大臣答弁
[8] 令和3年5月12日衆議院経済産業委員会における松平浩一衆議院議員に対する梶山弘志経済産業大臣答弁